ウクライナ シェフチェンコ詩集

ずいぶんさぼってしまいました。

92歳の姑が他界し、49日が過ぎてほっとできると思ったその日の早朝、東京の姉の突然の訃報。コロナ感染が急拡大のなか、かくごをきめて葬儀に行ってきました。帰って一週間部屋にこもって本を読みました。新刊三冊と、図書館から借りたシェフチェンコ詩集「コブザール」も。

なぜウクライナの戦争は、とまらないのか。なぜ、ロシアは戦争をするのか。連日のニュースは、かなしくなるばかりで、つらい。何かの記事でシェフチェンコを知り図書館にリクエストしてひと月以上たってやっと手にした。

「農奴」という言葉があった時代のウクライナ。たった200年前の不幸なおそろしい時代。今目の前に、理不尽な戦いを見せつけられることにいいようのない圧迫感と不安を抱く。詩集「コブザール」はむずかしいことは何もなくすんなりと読める。ただし、その現実があまりに辛く過酷で、目も耳も覆ってしまいたくなるほどの衝撃をうけた。

知らぬうちに操作されてはいないか。気づかないふりして、何かを振り落としてはいないか。そんなことを考える一冊だった。

 

村上春樹の普遍性

寒い日が続いている。けれども晴天続きだ。オミクロン株の急増で毎日が静かに暮れていく。

村上春樹の「女のいない男たち」のなかの「ドライブ・マイ・カー」の映画が世界中で高い評価をうけている。なぜ?

もう一度本棚から本を取り出し再度読む。何が人々のこころを引き付けるのか。そんなことを思って文章を読み、この箇所かなとかとか思うが、まあ、何はともあれ大好きな春樹文学が世界の中で称えられるのはほんとに嬉しい。叩かれていた時期からの春樹ファンだからなおさらに。

ブレイディみかこの「ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー2」を読む。やっぱり、おもしろい。英国の階級社会の有様をさらりと偽りのない目線でさわやかに綴っている。けっして入り込むことなく、その目はまっすぐであたたかい。格差社会はひしひしと日本の子どもたちにも浸食している。

「クララとお日さま」

4月から5月、身内に不幸がつづき,すっかり落ち込んだ気持ちも、庭の花が次々と咲き、清々しさに、癒される日々。さわやかな初夏の空気がひんやりと漂っています。今日は雨。

斎藤幸平「人新世の『資本論』」若い人が、この本を書いたことが嬉しい。

「クララとお日さま」カズオ・イシグロ やっぱり、すごかった!! 描写も発想も。

どちらも、近未来を暗示しているんでしょうか。未来はどこを目指すのでしょう。

友だちからこんな本が届いた。「岩波少年文庫のあゆみ」Ⅰ950-2020若菜晃子 「かつてあったいいことは どこかで生き続ける」と手書きのサイン入りで。この言葉大事にしたいなあ・・・・

 

「戦場の秘密図書館~シリアに残された希望~」

毎日、本をかかさず読む。新刊3冊買うと面白ければその日のうちに三冊読んじゃう(最近は新書三昧だ)。困ったものだと思う。でもやめられない。目がだめになるか、寿命がつきるか、ぼけちゃうか。ま、本がこの世にあって、ほんとによかったと、思う。

で、久しぶりできゅうんと胸をうった本。「戦場の秘密図書館~シリアにのこされた希望~」文溪堂。イギリスのジャーナリスト、マイク・トムソンが書き、編訳を小国綾子氏が担った。シリアのことも難民のこともアサドのことも、あまりよくわかっていなかった。けれど、この本で、中東でなにがあったのかが、よくわかった。そこに生きる子どもたちの姿。本との出会いが生きるよすがであっただろうその事実。(バーシトの「本は雨のようにすべての人に降り注ぐ」という言葉が好きです。一冊の本を読むこと。感じたことを胸に刻むこと。それを、だれかと語りあうこと。遠いシリアの図書館の話が、実はわたしたちと地続きにあるんだと感じていただけたらうれしいです)。と小国綾子氏は結んでいる。

この本をすべての中学生に読んで欲しい。そんな一冊です。

梨木香歩「ほんとうのリーダーのみつけかた」

童謡「たきび」に出てくる’さざんか さざんか 咲いた道 たきびだ たきびだ おちばたき’のさざんかが好きで、寒冷地では咲かないなあと思いつつ、何本かのさざんかを植えてきた。玄関前の日陰に植えたさざんか。冬は囲いをし7年くらいたつかな、やっと花が咲いた。蕾がたくさんつき、可憐な花がたくさん咲いている。これも温暖化のせいかもと思いつつも冬の花はうれしい。

コロナがまた勢いを増し、おとなしい日常がつづく。本が躰に染みわたるように入る。梨木香歩はデビュー当時から好きで新しい本があれば買って読む。「ほんとうのリーダーのみつけかた」岩波書店2020年。若い世代にむけた本である。率直で忌憚なく時代の裂け目をついた内容。しらずしらずのうちに目くらましをくらい、同調圧力に屈することのないようにとの願いをこめた本。ほんとうもううかれている場合ではないのだ。と。

「一人称単数」「猫を棄てる」

写真は2011年5月末日。東日本大震災後、なにもない被災地の大地にたった一輪「ここ、ここ、ここに、家があったんだよ」と告げるように咲いていたプリムラの花。

 

ススキが揺れて、赤とんぼが。チョウもひらひら、蜂もブンブン。ちょっと暑さが弱まりました。

ここ2週間ばかりで何冊かの本を読んだけれど、やっぱり村上春樹はおもしろい。若い頃に書いたきらきらした本の数々が、ここにきて、すんだ秋の空のような清さと広がりと透明なふかさを感じさせます。「一人称単数」「猫を棄てる」二冊。村上さんも、人の子だったんだなあと、より親しみを感じたりして。これから作品がどうなるのか、ほんとうに楽しみ。はんぱないプレッシャーでしょうが(それなないのかも・・)、高みへとかぎりなく上り詰めていって、ほしいですね!

「虫とゴリラ」

お暑いことで。きょうも35度ぐらい上がってそうです。

養老孟司先生と山極寿一先生の「虫とゴリラ」読みましたか?

情報化社会でなんでもAIが優先の現代社会。地べたをはいつくばって遊んできたものにとっては、違うんじゃないのとは思っても、口をつぐんじゃう昨今。

おっ、ついにお二人さんそろってのお出でましか、と喜び勇んで一気読み。う~ん。なるほど。自然の中で生きてきた日本人はいつのまにか、自然さえも排除してきた。あんなにいた虫も蝶も、魚も、ほんとにいなくなってしまったしね。なんでだろうと思っちゃうけど、経済と効率なんだろうな。でも、それで人が幸せに向かっているかというと、そうではない。過度な競争で辟易し疲弊している。

きのう読んだ谷川俊太郎さんの本にも、意味なんてないんだ地球にも宇宙にも、ただそこに存在している。と書いてあったけど、この本でも「やはり人間は「意味」を求めすぎてしまう。意味のないところに意味を見出そうとするから、こういう文明社会が生まれ、取捨選択して都合のいいように世界をつくり替えようとする。そこをもう一度、思い直さないといけない。と。人間をも意味がある、ないで分類されてしまったら、なんと恐ろしい世界なんでしょう。

意味のないものに目をむけること、触ること、共感すること、感じること、感動を分かち合うこと。                           「人が生まれながらにして持つ感性には生物としての倫理がある。」この言葉、信じたいですね!

「秘密の花園」猪熊葉子訳

巣ごもりの合間にちょっと一息、盛岡の友だちを訪ねた。友人の部屋には信州の山の絵とバラの絵と仙台の友人の絵が飾られ、書棚には愛用の本がぎっしり入っていた。彼女は、若いときから文庫をやっていたので児童文学類の本はとんでもなくたくさん持っているのだが、その部屋にはいつもそばに置いておきたい特別な本が並べてあるのだ。

本棚の中段に詩の本が並んでいる。ときおり彼女に会いたくなるのは、文学の話と詩の話をしたくなるから。とことん込み入った話も彼女とならツーカーで楽しく話が弾む。そんな友がいることをほんとうに感謝したい。と常日頃思っているのだが、わたしのほうが一方的に彼女を頼ってばかりだと思っていたら、彼女の口からも同じ言葉がでた。「本のことを話せるひとがいて、ほんとによかったわ!」

さて、その日はもう一つ分かったことがあった。ふたりとも子どものとき一番好きだった本が「秘密の花園」F.H.バーネットだったのだ。「猪熊葉子の訳がすばらしいのよ」と言う。それで福音館書店の猪熊訳を借りてきた。超分厚いこれぞ本という重さ。ひさかたぶりに文学の匂いがぷんぷん濃厚な世界に浸る。それにくらべると今の本は省略しょうりゃくで、誰かがいっていたけど筋書きだけだなって。そうかもね、とおもう。

「こどもといっしょに読みたい詩・令和版」

お盆前に詩の本が届きました。『子どもといっしょに読みたい詩・令和版』水内喜久雄編著(PHPエディターズ・グループ)久々のアンソロジーです。

「新しい時代にも、ずっと読んでもらいたい詩—自然や人のあたたかさが伝わる100編の詩」と帯に書いてあるとおりの詩郡。山村暮鳥や草野心平や宮沢賢治、吉野弘に与謝野明子、茨木のり子、岸田えり子、川崎洋、まど・みちお、高名な詩人たちに交じって現役の詩人たちのみずみずしい詩の花束です。わたしの詩は『よいお天気の日に』から「花火」が、『リンダリンダが止まらない』から「てとあし」の2篇が載せてもらっています。「花火」は音だけで表現した詩。「てとあし」は身体感覚から湧き出た詩。ぜひぜひ、よんでくださいね!

あらためて全編読んでみると詩の奥深さに、身が引き締まります。とくにも8月というせいか、原民喜の「コレガ人間ナノデス」の詩が胸に痛いです。かなしいけど、真実の詩です。 どれか一遍・・・、やはり谷川俊太郎さんにいたしましょう。

 

誰が・・・・                  谷川俊太郎

 

誰が殺すのか?

無名の兵士を

目に見えもしない国境の上で

 

誰が造るのか?

冷たくなまぐさい銃を

子供を愛撫するその手で

 

だれが決めるのか?

正と不正とを

もっともらしい美文調で

 

みんなその誰かを探している

自分以外の誰かを――

 

 

庭仕事のあいまの本

連休前日、雪が降り、春はまだかと思っていたら、10日の間に椿が咲いて、スイセンが咲いて、桜が咲いて散って、きのうの雨で楓の木がいっせいに芽吹きはじめました。

わたしは、ひたすら庭仕事に精を出し、いちおう畑の畝もつくり、じゃがいもを植えて、ラデッシュ、白カブ、小松菜、絹さやを植えることができ、ほっと。

長い連休ではありましたが、草取りで手一杯なのでした。

けれどけれど庭の一部に芝を張り終えたので、今年の夏は草取りがちょっと軽減されるのかなあと――

あ、そう、2日前から鶯が鳴きはじめました。まだへたくそなんだけど、初鳴きです。

庭仕事の合間に知人からいただいた文庫本「日日是好日」を読みました。その前に読んだのは、こちらも友人が送ってくれた末盛千枝子さんの「根っこと翼 皇后美智子さまという存在の輝き」。どちらもとっても味わい深いエッセイなのです。人生は瞬く間ですが急ぐこともなし、競うこともなし、日々是好日です。