「走れ!三陸鉄道」歌にこめて

あっという間に3月。今年は雪がまだ積もっていません。気温も高くもう春がきたような感じ?こんなんでいいのかなと心配になります。

暖かいので、ふらっと海へ。野田の防潮堤はほど完成に近づいています。入江にちょと入ってみました。ホタテの貝殻が山のように砂浜を埋めていました。人が入れなかった年月の厚さです。8年たつんですね。

のんびりつりをしている人もちらほら。打ち寄せた貝殻の量に圧倒されます。

昨日本屋さんで、齋藤孝著の「読書する人だけがたどり着ける場所」が目について買った。夕餉の支度までの小一時間あまりで読み干す。世阿弥の話や星の王子さまがでてくる。本は人格を深めるのに役立ちます。なんて書いてある。そんな人ばかりだったらいいけど、そうでないところがまた面白いともいえる。

そうでした。先週の日曜日の朝「エフエムいわて」のラジオに三陸鉄道の中村社長さんが出演「走れ! 三陸鉄道」がながれた。おや!うまいな・・これは仙台のレクイエム・プレジェクトかな?それとも神戸? すぐにAさんから電話があり、きっと他の合唱団だねと言い合う。するとまたすぐ電話があって「あれね、北いわてだって!」「うっそー、信じられない」と驚いた。2週間前私達は上田益先生のきびしい指導のもと、特訓をかねて録音したのだ。そのときの録音だという。ほんまかいなと、びっくり。上田先生、すてきな曲をありがとう。歌う歓びをおしえてくれて、ありがとう!!友美さん、恵さん、いつも、ありがとうね!!

佐野洋子「神も仏もありませぬ」

明けまして、おめでとうございます!

正月三が日があけ、静かな暮らしがもどってまいりました。雪がそらしらと降っています。

いつもならお正月気分を味わいながら、買ったばかりの新本をむさぼり読むのだけど、今年は本棚の中から選んだ本三冊。きのうは養老孟司「養老訓」。今日は佐野洋子「神も仏もありませぬ」そして明日は河合隼雄「対話する人間」を。

12月大きな書店に行き佐野洋子の新刊を見つけ大喜びで本をめくると、ていのいい写真と、もうすでに読んだことのある文の切り貼りで、こりゃ、サギも同然じゃないかとがっかりした。中身がないのである。コピーなのである。新しい発見もわくわく感もちっともない。佐野洋子の本さえ出せば売れるという出版界の現状がちらほら。それなら本棚の本をじっくり読みなおしたほうがましやと思ったのです。

「神も仏もありませぬ」は佐野洋子が63歳のときから65歳のときまでを書いたエッセイ。2003年に出ているので当時私は51か2。初老に向き合う女の心境の切実さが今ほどには分かっていなかった。本のいたるところにズキズキと迫るものがある。たとえばこんなこと・・・

核家族に、老人は支えきれないのだ。核家族は核分裂をおこす。分裂した核は族にはもどらないのだ。とか、腹から声を出せば、口先だけの声は出なくなる。浪波節が盛んだったころ、日本人の心はこうまで荒廃していなかったのではないか。とか。日本中死ぬまで現役、現役とマスゲームをやっているような気がする。ほとんどの人間は天才でもエリートでもない。意味なく生きても人は幸せなのだ。とか。

本に新聞の切り抜きがはさんであった。佐野洋子72歳乳がんのため死去。一度だけ、ご本人を見た。谷川俊太郎と結婚したばかりの頃で盛岡で二人のトークショウがあり、佐野洋子は少女のようにういういしかった。